ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

【パラグラフ138→→→パラグラフ218ヘルター・スケルター:(死亡・13)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



息子エイベクの死体を捜してくれというマガーナの言葉を思いだし、死体の横に膝をつく。
白蝋化した死体は、青い革の胴着と洋袴だったと思しき残骸を着ていた。
両方の大腿骨から下は完全に粉砕され、頭蓋骨と背骨にも数箇所に致命傷となる亀裂が入っている。理由は明白だ。
思わず頭上を見上げる。
……この男の死因は、縄梯子からの墜落による全身骨折なのは間違いない。
一つ、奇怪な点があった。
死んだ男が俺のようにマガーナに命じられてきたのなら、あの小部屋にあった装備を最低限身につけているはずなのだ。
にもかかわらず、男は武器を持っていなかった。
それだけではない。
ナップザックや雑嚢も、留め金が開いて中身がない―― まるで略奪を受けた後のように。
この事実に戦慄を覚えて立ち上がる。
男の右手には指輪などない。探しているエイベクではないようだ。
そして……
この闇の中には、少なくとも死体から装備を漁る程度の知能を持つ『何か』が潜んでいるのだ。
盛り上がった空洞の壁は狭まりながら丸く天蓋を形作り、滑らかな黒い石にぽっかり開いたトンネルの開口部へ続いている。
覗きこんだ限りでは、かなりの急角度で下る穴は怪物の咽喉を思わせる。
斜坑のはるか末端では、ぼんやりと光が明滅していた。
他に出口はないらしい。
円筒状のトンネルに脚から潜り込み、四肢で落下速度をコントロールしながら慎重に滑っていく。
しばらく進んだとき、どこか遠くで地震のような震動音が轟いた。
トンネルの天井に亀裂が入りだす。
一気に落下速度をあげるが、みるまに粉塵や瓦礫の奔流が殺到してきた。
舞いあがる煙に喉と目を塞がれ、窒息しそうになる。
咄嗟にネクサスを発動させた。
マグナカイの力が野獣に匹敵する新陳代謝を急激に高め、呼吸を確保していく。


 マグナカイの教えのおかげで、有害な粉塵をどれひとつ吸入することなく空気中から密度の
高い粉塵を濾過することができる。
 粉塵は人間にとって致命的な真菌の胞子を含んでいるが、カイの教えがこれらの危険な微細
な細胞から君を守った。


「・・・・・・」
我が事ながら、カイ・マスターのノウハウは一般にサバイバル能力を言われるレベルを超越していた。
『空気を濾過』ですと?
良い機会だから言っておこう。
「人間じゃねェ」


まさしくこの身は金剛不壊であった。
粉塵の濁流に飲みこまれても、免疫系の何かが上手に働いて胞子のみを排除し、深呼吸でも何でも自由自在らしい。


憧れの超合金の肉体も目前だね……
だよね……


この身がどこまでも異次元に跳躍していく悲しみ。
これは一体何なのだろうか。
噂では、あと僅かで「全身の穴という穴から不思議汁を分泌して体臭を消す」とかいう荒行もこなせるようになるらしい。
人を捨てて悪を討つ。
それがカイ・マスターの宿命なのだろう。多分。


崩落する天然のダストシュートを一気に滑落する。
円筒状の壁は猛烈に揺さぶられ、爆発的な加速を伴って俺は宙に投げだされた。
その勢いで、だだっ広い空間の縁に敷き詰められた、繊維質の塊に不時着する。
幸運か、あるいは古代人の知恵なのだろう。
無傷で立ち上がる俺の背後で、身悶えするような岩盤の軋みが何度も轟いた。
滑り台の天井は完全に崩壊し、何トンもの岩が落下してきて全てを瓦礫の下に埋めてしまった。
―― 退路はもはや断たれたのだ。


しかし俺の興味はそこにはなかった。
仄白い暗黒の中へ眼を凝らす。
……沈黙と闇を湛えた地底湖が遥か一面に広がり、波一つなく、鏡のように静止していた。

(つづく)