ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

川船が夜のストーン河を下っていく

【パラグラフ87→→→パラグラフ224:再会・ストーン河を征く:(死亡・8)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



『カゾナラ号』の船倉は馬で一杯だった。それも商人や農夫が扱う鈍重で運搬に適した荷馬ではない。
いずれも、脇腹や鼻梁に太刀筋の傷痕を残す、頑丈な軍馬ばかりだ。
鞍を外しつつ今日一日疲労をともにした栗毛をねぎらい、飼い葉を与えて馬屋をあとにする。
……金貨10枚 の料金、あの餌代込みなのかな……
込み込みに決まってるよなァ……
溜息を繰り返しつつ、蹌踉けた俺は船内の廊下に上がったところで誰かにぶつかった。
頭を下げて通り過ぎようとする、とその相手が声をかけてきた。
「おいィィ!」
「……」
今度は何だってんだ……こういう時に限って次から次と……
絡まれてんのかな……ブッ殺しちゃうかな……
不殺の誓いと殺戮衝動の間で2秒ほど煩悶し、剣を抜きかけた俺に、更に胴間声が浴びせられる。
「ロルフだろう!?やっぱりこっちに来てくれたのか!!」
あ……へあッ…………!?
金髪を短く刈りこんだ、精悍な顔つきの男が俺ににやりと笑いかける。こいつは驚いた。クロスド・ソード旅館の傭兵隊長だ。
隊長と仲間の傭兵はすっかり出来上がり、赤ら顔で肩を組んで何か下品な替え歌を歌ってやがる。あと酒臭い。
濁声がひどいので判別しがたいが、どうやら曲は『樽を転がせ』か何かのようだ。
「いいところで出会ったな!」
執拗に俺の肩を叩き、隊長は陽気に笑った。
「そうかそうか、考えを変えたんだな。恐れを知らぬ私の勇敢な部下たちと肩を並べ戦う気になったのか!」
あ……いや、別に……
「ははは、遠慮するな、隊には新参も古参もない。腕前が全てだとも」
まくしたてた隊長は俺の返事も聞かず、最も大切なサムシング―― ぶっちゃけ酒樽―― を探しに千鳥足で去った。
疲れ切っていて、彼らの後を追う気にもならない。
俺は俺で最も大事なもの……五月蠅い他人のいない小さな船室をとうとう船首で見つけだし、寝心地よさそうな作りつけの寝台に転がりこむと同時に意識を手放す。
深い眠りの中、夜笛が響き、ストーン河に滑りだす川船を波が洗いはじめた。



柔らかい羽枕に齧り付いた状態で目を覚ます。
あまりにも心地いいので、一瞬我を失ってパニックに陥るがじきにストーン河を下る川船の中だと思いだす。
ここ数日は徹馬やら汚いござやら、ろくな夜が無かったのだ。
壁の丸窓から外をのぞくと、霧雨に濡れた河岸の土手がゆるやかに流れ去っていく。
空は灰色がかっており、明るさから察するに夜明けから1時間というところのようだ。
貧乏ばかりは致し方ない。いざとなったら追い剥ぎでも…ゲフンゲフン…賞金稼ぎでも何でもすればいいのだ。
金払いのいい傭兵隊長もいることだしと心を慰める。
暫く狭い船室で揺られていたが、カイ・マントを巻き付け、上甲板へ上がってみることにした。
白く濃密にまとわりつく霧雨の朝に甲板に上がっている酔狂な客は2人だけだった。
1人はすなわち俺、もう1人は……傭兵隊長だ。
甲板にもたれていた隊長は足音に反応して振り向き、軽く肯いて挨拶した。
頑堅な戦士の体軀をつつむ皮のマントも、肩のあたりに無数の雨粒が雫をなしている。
「この天候のせいではっきりしたことは分からないが、昼までにはリューエンに着けそうだ」
前方の左手、霧に巻かれたセナー山脈を指さす。
峻険な山の威容に寒気が走る。いくら金が惜しいとはいえ、この天候で山道を行くのは相当な蛮勇だ。
隊長は霧に巻かれた前方の川面に目を戻す。
横に並んだ俺もマントを引き寄せ、灰色に濁った空気の向こうへ目をやった。
そう。
常人なら、隊長ほどの熟練の戦士でも、霧を見通すことなど出来はしない。




太陽の伝授のサークルを修めていれば(つまり隠蔽術、上級狩猟術、方向認知術を身につけていれば)、131へ。
太陽の伝授のサークルを修めていなければ、44へ。



目を凝らすと同時に、マグナカイの教えの力が重なりあい、狼の知覚力を何倍にも高めていく。
視力が人間の限界を超え、野獣のそれへと研ぎ澄まされ、俺は深い霧の向こうを見通し―― 息を呑んだ。
ストーン河の中央、最も流域の広く深い地点に黒い影が見える。
縛った丸太が浮いていた。
ある筈のない障害……巨大な流木止めが川船の進路を遮っている!
「ぶつかるぞ、隊長。何かに掴まれ!」
叫んで俺は操舵甲板まで駆け上がった。まごついている舵手に警告を与える。
「あそこを見ろ!流木止めが置いてある!」
男は必死に舵輪を回したが間に合わなかった。
回避を試みた『カゾナラ号』は却って柔な横腹を縛った丸太に叩きつける。
金属の潰れていく甲高い軋み、木の裂ける音が静けさを破った。
船が蹌踉めき、前後に揺すぶられつつ傾いていく。俺はしっかりと足を踏ん張り、船にしがみついた。
転覆の危険が脳裏をよぎるが、『カゾナラ号』はどうにか持ちこたえる。
「まったく、何てことだ!!」傭兵言葉で毒づき、隊長が叫んだ。「浅瀬に乗り上げたのか?」
答えようとしたその時、幾重にも風を切る音が降ってきた。
矢か……それとも円月輪か……ッ!?
かつてエシュナーで遭遇した恐るべき暗器を思い出して身構えるが、風切り音の正体は船縁に喰らいつく登攀ロープだった。
「デルデン人の川海賊だ!」
「川海賊だと!?」
蒼白になった舵手は甲板を這っていき、伝声管に悲鳴混じりの罵声を吹き込む。
「奴らを船に乗せるな!!」

(つづく)