ヘルメス夢幻を追体験する


書き忘れましたが、いささか内容のネタバレが増えます。
なるべく伏せてはおきますが、その旨ご了承いただきたい(拓先生の真似をしてみた)。


前作は、エゥーゴの機密情報を握る連邦の特殊工作員としてサイド6で乞食してた記憶喪失になっていた主人公が自分を取り戻し、任務を捨ててナオンと駆け落ちするまでをなしくずしに遊ばされるストーリーでした。
続編の『ヘルメス夢幻』では、実は主人公が軍の強化処理をうけていたのだと明らかになります。
任務を捨て、平和な生活を送っていた主人公。しかし彼は強化人間特有の悪夢や幻覚にうなされるようになり、時を同じくして誰かに狙われるようになる。なぜ執拗に追跡されるのか、あらわれた幻覚にはどんな意味があるのか、現実と過去を往還しつつ、主人公はその謎を追っていくことになるのです。
主人公の設定からも想像できるとおり『ヘルメス夢幻』ではついにモビルスーツが出てきます。
それも、アフリカ独立戦線で旧式のドムを駆ってのザクタンカー奇襲から、ネモ2機での月面のアナハイム研究所襲撃(目的はプロトタイプZガンダムの奪取!!)にいたるまで、それこそバリエーションを尽くし、擬似ニュータイプである主人公の超人的戦闘力を遺憾なく発揮したモビルスーツの戦いが描かれていくのです。
物語の底に含まれた謎も、このモビルスーツでの戦闘に実に巧みに絡んで読者を飽きさせず先に引っ張っていきます。
モビルスーツでの戦闘と同時に、現実世界でも暗殺者による襲撃が主人公を襲います。
現実の謎と過去の悪夢とが交わった時、宇宙*1に拉致された主人公は最愛の女性とともに、ガザCの実験用複座機でネオ・ジオンのHLVから単騎脱出を図る……
前作とはスケールも俄然違いますね。
拙い解説ですが、わりとゾクゾクしてもらえたんじゃないでしょうか。


拓唯先生は、全体に描写のディテールに徹底してこだわるところがあります。
これが、まこと惜しいことに一作目においては乞食家なき大人なんかのイヤ描写に圧倒的なマイナス方向の臨場感を与え、読者を途方にくれさせていました。
ですが、今作では彼の強みが遺憾なくモビルスーツや戦場の描写によって表現されます。
例えば冒頭の、いぶし銀のような渋さを見せる待ち伏せのシーン。一部引用してみましょう。


(パラグラフ1より引用)

 FIST――きみの所属する連邦情報部特殊任務班Federal Intelligence for the Special Taskは、連邦に敵対する者に対し正に
鹿皮に包まれた手袋の一撃を与える裏の組織である。
謀殺と破壊。連邦が老人たちの連邦として存続するためには必ず吐きだされる汚れた
膿を取りのぞくという仕事のほんの一部を、FISTは任されている。

(中略)

 ドムといってもMS-09G、一般にドム改、ドワッジと呼ばれる出力増加タイプではない。
一年戦争時に使われていたドムにランドセルを追加して推進剤搭載量を増やし航続距離
を延ばした他は、動力炉もそのまま、装甲もそのままのMS-09である。

(中略)

 万一このドムが撃破され、アフリカ独立戦線がその出所を調査したとしても、連邦が
手を下したという証拠は見つからないだろう。
 しかしそういう理由があるにせよ、7年前のドムで独立戦線のディザート・ザクを相
手にするのが困難であることに変わりはない。
 流石に装甲こそ、増強はしてあるがまだドムのほうが上だ。
 だが動力炉を小型のものに換装したディザート・ザクの地上における運動性は、ドム
を上回るものがある。

戦争物の長編小説でも読んでいるかのような、品格と重さのただよう重厚な文章。
ちょっと恥ずかしいぐらいの表現も彼の手になると実になめらかに目に飛び込んできます。非常に読み応えがあるのです。
見るべきもう一つのポイントは、ホビー・ジャパン社オリジナル設定の数々。
多分HJ誌上で展開されたアナザーストーリー『タイラント・ソード』*2あたりからの派生かなァ*3と思いますが、本編世界や月刊MGの設定とはまた違った様々な設定が飛び出てきています。
例えば、リック・ディアスについてのこの描写。



(パラグラフ29より引用)

 リック・ディアスは、ジムⅡに代わる主力モビルスーツとしてRMS-099のナンバーを
与えられ連邦で開発されたものだ。
 ところが引渡し直前、3機の試作機と全てのデータが消えた。エゥーゴの仕業である。
一説によると、発注当初から連邦内のエゥーゴ分子によってすべてが進められていたと
いうがはっきりしない。
 とにかくリック・ディアスエゥーゴのものとなり、連邦は代替モビルスーツの早期
開発を迫られた。 それまで何かと冷遇されてきた旧ジオン系の技術者まで駆り出した
結果、完成したのがRMS-108マラサイである。
 一方エゥーゴのほうでも思わぬ障害に直面していた。
 強力なジェネレータを重装甲の中に詰め込んだリック・ディアスは確かに優れたモビ
ルスーツだったが、その高性能はある犠牲の上に成り立っていた。
 量産性の低さである。
 特に問題となったのはその装甲であった。最小の重量で重装甲を得るべくさまざま
な新技術が活用されていたが、 そのうちのいくつかはジャブローのメカマンでさえて
こずるだろうと言われるほどの高い精度と熟練を要求されるものだった。
 脚部の巨大なスカート部などは、その特殊な形状を一体成形で抜き、更に重層化して
いかねばならず生産ラインに載せるのは不可能であり、 部品の製造から完成まで最低2
ヶ月はかかるシロモノであった。しつこいようだが脚一本に2ヶ月である。
 設計し直そうにも、リック・ディアスの高性能はその新技術の活用によってこそ発揮
されるものであり、量産タイプの設計は無意味であった。

 しかしリック・ディアスの高性能には捨て難いものがあり、数箇所で生産が続けられ
、特殊任務用やエースパイロット用に引き取られていった。
 今、君が相手にしているのは、勲章代わりにリック・ディアスを受領した、数少ない
パイロットのうちの一人なのだろう…。


脚一本に2ヶ月!!
うはー、そいつはヤベー、てことは今立ちはだかってるコイツ、スゲー強いってことじゃねーの?
もうなんかそんな勢いで、読んでるこっち側の想像力まで沸き立たせるような詳細な描写が執拗というか偏執狂的に重ねられていくわけです。 
個人的には同じパラグラフ1で語られている、全長20メートルを越える切り札の240ミリライフル――エールT556、通称ドラゴン・スレイヤーに関する描写がお気に入りです。『どこまでも黄色い砂のつづくアフリカにあっては、キロメートルのオーダーでの距離での戦闘は珍しくない』とか、『エール社が産業界において大きな発言力を持っていたため思い切った対策に踏み切れず、ドラゴン・スレイヤーは独立戦線の切り札兵器として定着した』とか。このあたり作者の筆が冴え渡っているので、実は作者のオレオレ設定じゃないか、と疑うぐらいのクールさがにじんでいます。
物語の構成上、『ヘルメス夢幻』でのモビルスーツ戦闘は大半が過去の記憶や夢の中でのこと。
読者も夢と分かった上で戦闘シーンに突入するので、本来ならどんなにカッコイイ戦闘シーンでも『夢オチか』と思えば途端にさめてしまうものですが、その最大のネックを、こうしたHJ社の膨大かつ説得力ある設定と拓唯先生の執拗なまでに緻密な描写がカバーして、まったく臨場感を損なわせないのですッッ!!!

*1:むろん、読みは「そら」

*2:参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~ryuseik/TILAN1.htm

*3:いかんせん連載当時小学生だったので設定はうろ覚えです