ゾアハンター5 贖罪のカルネアデス(ISBN:4758420009)
(大迫純一、ハルキノベルス)
右腕で香苗を抱いた黒川丈の、真上へ伸ばした右腕の先で、火花が散っていた。
拳からだ。
飛び降りる寸前、彼はたしかにケーブルを掴んだ。
その鋼鉄のロープを握り締めて、落下にブレーキをかけているのである。
無論、生身の人間には不可能だ。
だが、サイボーグだから可能、というわけでもない。
現に彼の掌は、人工皮膚が擦り剥け、金属繊維の真皮層を引き裂いて内部の金属骨格が露出しているではないか。火花は、金属製のケーブルと骨格との摩擦によって、どちらかが、あるいは双方が削られている証拠なのだ。
火花と一緒に噴き出す白い煙は、ケーブルに塗られたオイルが焼けているだけではないだろう。おそらく彼の体内を循環する人造血液も、摩擦によって生じる高温に蒸発し続けているに違いない。
痛くないのだろうか、と思う。
そして、痛くないわけがない、と思う。
サイボーグにも、痛覚はある。(中略)
激痛を感じているはずなのだ。
その痛みは、生身の人間が掌の皮をひん剥かれるのと何ら変わらないはずなのだ。
なのに。
なぜ彼は、呻き声ひとつあげないのか。
なぜ彼は、眉ひとつ動かさないのか。