ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

巨大な触腕が大樹を押し拉ぐ

【パラグラフ20→→→パラグラフ40:絶望たる叢雲:(死亡・15)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



にげまどう混沌のアグターさえもすくませた森の中よりの唸り。
おぞましくも巨大で致命的な何かが、このトラコスへと迫りつつあった。
一歩ごとに大地は揺らぎ、破壊の音が満ちる。
メレドール戦士の顔が灰をまぶしたように血の気を失っていく。
必死になって混沌の残党を殺していく剣戟さえ、耳をつんざく接近の轟音にかき消されるのだ。
戦略をおしつぶす、圧倒的な戦術。イレギュラーが、そびえたつ。


 まったく唐突に、怪物めいた巨大な手が頑丈な木々をたやすく左右に押しひしぎ、
森に亀裂があらわれた。
 身の毛もよだつ戦慄がメレドール戦士たちをわしづかみ、畏怖をもよおすカオス・
マスターの顔が10メートルの頭上にそびえたつと、もはや立っていられる者はごく
わずかだ。


カオス・マスターがそう呼ばれる所以。
混沌の神と畏怖され、最も唾棄すべきものとされる所以。
それこそが彼の者の特性だった。
たえまなく流動し、溶解し続け、腐爛し、溶け崩れて忌まわしく変貌していく躯そのもの。
深海に棲まうという溺死者の神もかくやという混沌の具現化だ。
そのおぞましさに戦意を折られ、ことごとくの戦士が膝をついて竦んでしまう。
ただローコンだけが、カオス・マスターに対抗していた。
彼の戦士としての技量のみならず―― ほぼ失われた視力によって、見た者の心を打ち砕くSANチェックを逃れているのだ。
つまり、真の意味で混沌と相対しうるのは、高位のカイ・マスターただ一人。
剣をかかげ、ローコンが一騎打ちを申し込む。
「忌まわしき腐敗の主よ、その悪逆非道もここで尽きるのだ。人の子の勝負を受けよ!」
「フハっ……変転の王ニ挑ム蟲ケラヨ、憐れナリ!」
愉悦の一片もまじらぬ声で、カオス・マスターがあざけり、斬って捨てる。
「決闘から逃げるのか、カオス・マスター!」
「挑発ナド無駄ナコト……トハイエ、メレどール蹂躙の手始メトシテハ良キ余興カナ」
「なめるな、邪悪な半神ふぜいが」
「戦ノ愉シミこそワズカバカリダガ、まア良イ。カクモ高潔デ清廉ナル戦士ヲ鏖殺スるハ、余ノ好む遊戯ナリ」
ぞっとするほどたやすい手つきで。カオスマスターが巨木を引き抜く。
大雑把に幹をなでる。
枝葉が根こそぎ枯れ落ち、幹が腐臭と妖光を放つ。瞬く間にさしわたし10メートル超の棍棒が仕上がった。
「いざ、尋常に勝負!」
「決闘トは片腹痛イ。こレハ『猫と鼠』ノ遊戯ヨ。身ノ程ヲ知れイ」
カオス・マスターの言葉通りだった。
ローコン・アイアンハートがいかに優れた剣技と鍛え抜かれた肉体を有していたところで、所詮は常命の武人なのだ。
ただの練達の戦士でしかない彼は、『見護り手』にさえ数段劣る。
巨体を上回る速度と強運に頼って猛攻をかわしつづけるが、それも、長くは続かない。
墓石に背をぶつけ、身をかわし損ねた戦士が転倒する。
それは、あまりに致命的な隙だった。
戦士の絶望のまなざしと、教えの力で屋根に身を潜めるカイ・マスターの視線が交錯する。
武人の誇りを苦悩にゆがめるその顔。
同じ戦士として、見過ごしにできる訳が――
「コれデ終ワリカ。詰まラヌ……セイゼイ血泥をブチ爆ゼル前ニ威勢ヨク悲鳴ヲ洩ラスが良イ」
「カオス、マスタァァァーーー!!!」
かぶさるローコンの絶叫。
地響きを立て大股に迫りくる神の眼は、矮小なる人間の戦士にのみ向けられている。
破滅の棍棒をふりかざした一瞬、カオス・マスターの肩が屋根と同じ高さになり、カイ戦士の攻撃圏に入り込む。
もはや抜き差しならぬ状況下。ここが地獄の一丁目一番地だった。
パラグラフの選択肢を見れば瞭然。そもそも回避も、逃走も許されてはいないのだ。
それどころか、




  ソマースウォード を持っていれば、341へ。
  アイアンハートの幅広剣 を持っていれば、204へ。
  どちらも持っていなければ、111へ。



この強制3択は即死さえ含んでいたのだと思い至り、背筋を恐怖が駆けおりていく。
万が一にもアイアンハートの幅広剣 を手にしていなければ、この時点で俺の探索行は詰んでいた。
おそらく『不死』の神性ゆえ、ほとんどの武器ではかすり傷一つ負わせられないのだ。
だが。
逆に言えば、ここでの事実はただ一つ。
いかなる魔法の加護を受けたのか、アイアンハートの幅広剣 には神殺しのスキルが備わっている。
この黄昏界(ダジャーン)において唯一ソマースウォード に匹敵する力……
ならば、その大剣、振るわずにはいられまいッッ!!

(つづく)