ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

メレドールの指揮官が杯を掲げる

【パラグラフ87→→→パラグラフ80:青い眼の男:(死亡・15)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。


揺れ動く明かりが、冷気とともに幕営に踏み入る俺を出迎えた。
どうも軍議の真っ最中らしい。青ざめた肌のメレドール人指揮官2名が、陰影深い面立ちを険しくしている。
背の高い蝋燭の黄色い光を弾くのは、流麗な出来栄えの古風な鎧だ。
幕営の調度は実用本位だが、いかにもな年代物が目に付く。
唐突に会議は終わりを告げた。
片方が会釈して立ち去っていく。指揮官らしき人物がこちらを見やり、斥候兵に報告を求める。
黒曜石の印章 が指揮官の手にわたり、俺が本物のローン・ウルフであること、オーコールの護衛兵がたどった末路などが、簡潔な言葉でまとめられる。
「そうか。この戦士がセロッカの言う……」
「間違いありません」
将校が顔をあげる。凝視をみつめかえしたとき、驚きで肌がざわりと粟立った。
彼の瞳には、瞳孔が無かった。
一点の曇りも澱みもない、ただ青く煙った単色の瞳が俺を絡めとる。



  念バリアを身につけていれば、159へ。
  念バリアを身につけていなければ、293へ。


またしても、か!?
危ういところで、殺到してくる精神エネルギーの波を弾き返す。
一瞬の隙をついて心に流れこんだ濁流は、しかしこれも実用本位。
俺の中に敵対的な兆候を探るものだ。
こちらの抵抗を感じると素早く退いていく。
「ご苦労だった。下がれ」
「はっ」
紗幕が翻り、俺はメレドールの全軍総指揮官―― ローコン・アイアンハートと2人きりになった。
「其方が、女帝セロッカが高く買っていた来訪者なのだな」
「………………」
冷笑的な声音に、無言をもって応じる。
ローコンは赤ワインの入ったルビーのデカンターに手を伸ばし、満たされた水晶の杯のひとつを差し出してきた。
「気を悪くしないでもらいたいが。シニシズムは最前線での倣いなのでな。まずは探索の成功を願って乾杯しよう」
「……同時に、混沌に対する貴方がたの勝利を願って」
外交的な口上が口をつく。
理屈は不明だが、メレドール人とは念話でなく言葉が通じる様子。
黄昏界に失墜してからこちら、ずっとテレパシーを酷使していたので、そこにひとまず安堵する。
苦味のある極上のワインをすする沈黙のひと時。
期せずして、お互いの観察にあてていた。
この男がローコン・アイアンハート。
メレドール人をたばねる軍の長だ。実質的な統治者でもあるらしい。
さきほどの精神攻撃をみても、セロッカや見護り手ほど人外離れしていない。むしろ共感するのは武人の気構えだ。
貴族的な彫りの深い面立ち。高い頬骨、狭く細い顎。あくまでほっそりとした鼻の高さが、顔を若々しく見せる。
銀髪もまた、目を惹きつける。
飾り立てた円錐形の兜のへりから流れだす無数の絹糸となり、幅広の肩と、厚手の生地を用いた朱色の外套全体に、扇のように広がっている。
しかし、もっとも印象深いのは彼の目だった。
青く揺らぐ瞳の奥には、やはり人ならざる知識と古代の叡智がほのみえる。
「……既に承知しているだろうが、俺には貴方の助力が必要なのだ、ローコン」
「ああ。まずは、これを見るがいい」
ここまでの旅をあらためて聞かせると、ローコンは金で覆われた皮筒から戦略図を取りだした。
野営地の位置、ナーゴスの森、その奥に位置するトラコスの埋葬地。
そして、最後に確認されたカオスマスターと混沌の移動経路など、すべてが詳細に記されている。
地図をのぞきこみ、心がはやった。
トラコスは此処からわずか16キロ。目と鼻の先だ。
「奴らにロアストーン を奪われる前にトラコスへ到達したければ一刻を争う状況だ」
野営地から埋葬地へと伸びた指先が、地図の一箇所を叩いた。
赤い曲線が地図を斜めに横切り、危険なほど埋葬地に密接したところを抜けていく。
「これが3時間前の最新の図だ。進軍するカオス・マスターは埋葬地から8時間足らずのところに来ている」
「では、タイムリミットは5時間か」
緊張が背筋をふるわせた。
この先は、まさしく時間との勝負になるのだろう。
死線をくぐるのは必至としても、極力、敵軍との正面衝突は避けたい。
「私の狙いもトラコスの確保だが、増援が来るまでは、無謀に進軍するつもりはない」
「結局はまた夜討ち朝駆け、単騎駆け、か。慣れてはいるが」
「其方に提供できるのは地理を熟知した水先案内人――最高の斥候兵だ。トラコス到着後は、戦士としての運に賭けるがいい」
「ああ。それも慣れている」
ローコンはすみやかにオデルという名の斥候兵を呼びつけた。
一刻の猶予もならない。
今にも飛び出そうとする俺を押しとどめたのは、意外にもその斥候兵オデルだった。
「森へ踏み込む前に軍の資材庫に寄られませんか」
「資材庫?」
「ええ。武器・備品の類です。準備は念入りに。相手は混沌ですから」


  トラコスへの探索を試みる前に、新しい装備を選ぶこの機会を利用するなら、267へ。
  一刻の遅滞もなく旅立つなら、121へ。


これは……?
ひさしぶりに悩んだ。どう、すべきか。
装備を整えるべきか。それとも、速度のみを友となすべきか?



そうじゃない。ああ、違う。もっと自分に素直になろうか……俺。
こう言い換えると実に俺らしい。
つまりだ。
『ハッパ探しに行く?ここは我慢してサクっと進む?』
この先、強敵との連戦がすでに予言されている。
そこを前にして手持ちがアレサーの実×3 では足りないのではなかろうか。
まして重ねがけができないのだから。
だとしたら。
ここは一発、俺の運に賭けるべきではないだろうか。さくっと資材庫によるべきじゃあないだろーか。
どう、なんだろうーか!?

(つづく)