ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

セロッカの瞳が猫のように

【パラグラフ58→→→パラグラフ250:混沌の軍勢:(死亡・15)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



ザスの女統治者、セロッカの居室を見渡す。
大きな執務机の真上、はるかな天蓋から光の奔流が降り注ぐ。
水晶のモザイクが刻み込まれた壁面や床で自在に光が屈折し、虹の七色が室内を洗い流している。大した設計だ。
マグナマンドの基準で言えば、彼女の顔は半人半獣といった雰囲気だ。
一見、雌豹を思わせるネコ科の特徴がかなり強い。
だがそれでも、セロッカのしなやかな躯は人間のそれであり、全身を覆うベルベットのような細い獣毛に強い違和感をおぼえた。
支配階級が身にまとう生得の威厳にもかかわらず、彼女はどこか悲嘆にくれている様子だ。
「観察はすんだかの、若き戦士よ」
「これは失礼した、女帝。ダジャーンに失墜してまだ日も浅いゆえ、無礼をお許し願いたい」
だが、と断り、俺の名を知っていた理由を問いただす。
『見護り手』から連絡があったのかと思うが、思いがけぬ返答が帰ってきた。
「なに。そなたの行状について妾が知っていることは数多いのじゃ。そなたは百万世界の分岐を担う戦士ゆえ」
「…………何ですと?」
不意に声が神々しさを帯び、先ほどの直感を確信に変えた。
間違いない。
この女帝セロッカも、ダジャーンを統治する半神の一柱。いや、神にも等しい……その一人なのだと。
セロッカは滔々と語った。
世界を蹂躙するダークロードの暗黒の力は、並行する物質界すべてで激化した善と悪の闘争の一部分に過ぎない。
いまや、マグナマンドを原典とするすべての生成世界・すべての星々で悪の侵攻が始まっている。
無限の多元宇宙の焦点こそがAON世界―― マグナマンド。
ゆえに、と。
言葉を切り、セロッカは深々と俺の目をのぞきこんで、さらに続けた。


―― そなたの運命にこそ、翻訳された分岐世界すべての帰趨がのしかかっておる」


セロッカが口にした事象の重さを量りきれず、俺は口を開き、沈黙し、かぶりを振る。
「違う。そんなことがあるはずがない」
「なぜ言いきれる。運命を形作ろうとあがく者と、運命に見舞われるだけの者。世界にはその二通りしかおらぬ」
「それは知っている。だが」
「運命は、そなたを選んだのじゃ、ローン・ウルフ」
脈絡もなく、ストーンランドの星見の賢者グウィニアンを思いだす。
マグナマンドの中にあってさえ、俺は、何度もこの台詞を耳にしてきた。運命が狼に強いる使命、というものを。
「だが、なぜ俺が宇宙的な争闘の焦点たりえるのだ、女帝?」
「AONとダジャーンが不可分なればこそ」
女帝は簡潔に言う。
「妾たちすべてはその争闘の一部。ただ一瞥するだけの、取るに足りない行動ですら万象の天秤を傾けうる。今まさにそういう分岐点が訪れつつあるのじゃ」
「もしも俺が拒んだら?」
「拒むことは不可能なのじゃ、ローン・ウルフ。そなたが、内心それを願うことがないように」
俺の本心を見透かしてセロッカが微笑む。
「あらゆる翻訳行為は原典たる運命に跳ね返ってくるもの。マグナカイの探索を成し遂げ、カイを復興する誓い、放棄してもらえるものか?」
「…………」
「故国ソマーランドを見捨ててくれるのか?ダークロードが望む通り、マグナマンド全土を奴らに明け渡してやりたいか?」
「…………ありえんな」
「そう。復讐者としての存在、そなたの意思そのものが、自然と運命を織り成してゆくのだ」
ふむ。
……ならば。
ならば、この俺に迷うことはない。
一瞬、エターナル・チャンピオン系の話が出て吃驚したが、これは別にお仕着せの運命などではないのだ。
あくまで、為すべきことをする。狼の本分―― すなわち襲撃と略奪だ。
ロアストーン を奪取し、マグナマンドへ帰還する。
ダークロードと悪の眷属を根絶やしに鏖殺する。
それこそ我が宿願にして悲願。
セロッカが執務机に身を乗りだし、テーブルの表面をなぞりだす。
調光は揺らめきつつ暗くなり、水晶の小さな正方形のあいだでパターンが形を成していく。
「まずは観察せよ、そして学ぶのだ」
よどみなくセロッカが詠う。
詠唱とともに、数多のイメージが鮮やかなビジュアルとなって映し出される。
これこそが無限の世界の合わせ鏡なのだ。
「見るがよい。ロアストーン 探索の手がかりとなる叡智を授けてくれる先達たちのイメージを」
混沌と、それにあらがう善なる力との闘争の記憶だった。
悪意と獣性――
未知なる生き物が繰りなす、叡智と破壊の連鎖だ。
奇怪にして絢爛たる文明が一夜にして蛮行により崩壊する様が、走馬灯のように流れていく。
「むろん、そなたの世界で起きた出来事の多くもまた、ここダジャーンに映しだされるのじゃ」
吐き気を催す邪悪なイメージの奔流。
にもかかわらず、俺は、百万世界の邪悪の中で抗い続ける半人半獣たちの物語に魅せられていた。
遠くセロッカの声が響く。
「我らもまた同じ。暗黒の軍勢に脅かされておる」
「悠久の彼方で、妾たちも邪悪を打ち破ったことがある。だがそれは不完全だった」
「いまや、カオス・マスターという名前の復讐の神がダジャーンに戻り、相当な領域を侵略しておる」
「カオス……混沌の主だと?」
思わずセロッカに問いかけていた。
原初の混沌。
不定形にして、人の営為すべてを無に返す根源の力。それがカオス・マスターのことらしい。
さしずめ、八方向に広がる矢印のごとくだ。
混沌は定位置を、視座なるものを持たない。ゆえに、何ら感興すら抱くことなく、万物を呑みつくすのだ。
「そうじゃ。彼の者の煮え滾った腐敗は、触れるものすべてを歪曲させ消滅させてしまう」
執務机から戦闘の記録が褪せていく。
かわって、ヤニスの『見護り手』が広げた物にそっくりの光の地図が映しだされる。
現実のそれとリンクしているのか、地図はそこかしこが蠢いている。
「このヴォザーダは『地』と『水』の元素領域の狭間ゆえ、豊かで光の創造物に満ち溢れた領域だったのじゃ」
「今でもそうだろう。マグナマンドに近しい風景だ」
「だが、今ではダジャーンの大半が『パラドックスの領域』に食い荒らされ、略奪され、消滅した。ヴォザーダとメレドールだけが抵抗をつづけている―― その他は永劫の地平に消滅したか、荒涼たる不毛の地に変貌を遂げてしまった」
言葉をうしなう。
クゼノスのアバクシアル……あの荒涼たる砂漠も、もしや『パラドックスの領域』に侵攻された結果なのだろうか、と。
神に等しい『見護り手』を相手にそれをやってのけたカオス・マスターとは、如何なる邪悪なのだろうかと。
「見るがよい、カイ・マスター」
セロッカが執務机の中央、地図を指差していく。
「ここはナーゴスの森。肥沃にて広大なる森林地帯は、今、混沌によって分断されかけておる。ダジャーン界でもっとも広大なるグアコール平原が、『灼ける吐息のチェンガー』らによって灰燼に帰したように……じゃ」
涙がセロッカの瞳に浮かぶ。グアコール平原の惨状は、セロッカ自身に直結しているらしい。



  セロッカを苦しめるものが何であるかを尋ねるなら、288
  彼女の悲しみに立ち入らないことを選ぶなら、345


そして、説明パートはまだ終わらない。
終わらない。
いや、つーか長すぎるよね。
だいぶ端折ったり分かりやすくしているけど、これが限界だ。
原文だって、みっちり詰まった英文で3ページ強、まるまる2パラグラフを潰してるんだよね、今回のリプレイだけで。
どんだけ事前の世界観解説が足りてないんだよと。なあ。
原作者は神様ですけど。ええ。
バランスを考えろ常識的に考え(ry


……怒涛の長尺で、ダジャーン世界の基礎用語講座は次回に持ち越すのであった。


通過パラグラフ:(58)→250→  治癒術の効果:+2点   現在の体力点:34点

(つづく)