ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

【パラグラフ201→→→347:蠅声の王:(死亡・11)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。


この六面の間から離れようとしたその時――
銀の光を放つ液体の入った鉢――その一つが、微かな振動音を立て始めた。
やがて液体の表面が渦を巻き、円蓋の天井に蒼い光を投げた。
輝く塵の紗幕が緩やかに霧散し、奇怪な姿が映し出された。
豪奢な長衣を纏った巨大な蝿――神そのものの威圧感を放つ異形の存在。
双の複眼が、黒瑪瑙のごとく不吉な光を湛えている。


タン・アシュ・オカ・ナドクナー・グナーグー((余、冥闇ノ大公ニ謁見ヲ乞ヒ願フ汝ハ誰ゾ)?」



―― 精神に直接声が響く。
―― いや、この主には、そもそも発声器官すら無いのだ。
時間が凍りつく。
やがて、地獄の宝石めいた漆黒の複眼が俺を見咎めた。
剥き出しの憎悪の視線が、死と破滅の化身から放射されている。
無数の虫の羽音めいた呪詛の叫びが、不可視の枷となって俺の四肢を束縛する。
暗黒の半神たちを統べる蝿の王は、その思考だけで生物を殺しうるのだ。
手負いの身体を戦慄が捕らえ、痙攣が走る。
死を覚悟したその時――
前触れもなく、ダークロード・ナーグの恐怖の顕現は消え失せていた。


「あの獣は……あれは一体何なんだ?」


暫しの沈黙の後、ようやくペイドが声を絞り出した。
敢えて答える必要は無かった。


――ペイドも恐るべき真相を悟っているのだ。


部屋の中をざっと見回し、武器と食糧を見つけたが、今の俺たちには無用の物だ。
椅子の背に隠されたレバーを引くと、タペストリーの向こうに遥か下へと続く階段が現れた。
「行こう……この部屋にいると血まで凍りそうだ……」
震える声で呟くペイドとともに階段へ向かう途中、銀色の液体の入った鉢を蹴り倒しておく。
―― そうでもしなければ、手足を凍えさせる痙攣は治まりそうもなかった。
冥闇の大公……
5年に及ぶダークロードの内乱を治め……
残り16柱の半神たちを悉く従属せしめた、神にも匹敵する存在。
新たなる大君主、ダークロード・ナーグ。
既にカイ・マスターとしての叡智を我が手にしているにも関わらず……
心を襲った畏怖の念は、ダークロード・ハーコンを目撃した時の比ではなかった。
砂漠でのあの時のように、改めて自答する。
いずれ訪れるだろう対決の局面で。
俺は、あの暗黒神の一柱を打倒しうるのだろうか――――


広大な迷路を思わせる地下墓地を抜け、ひたすら地上を目指す。
カイ・マスターの野獣の聴覚が、水滴の規則的に落ちる音を捉え、天井に石の蓋を見つけ出した。
不平を鳴らすペイドを踏み台に、湿った石の蓋をこじ開けていくと、曙光が地下墓地に差し込んできた。
修道院の北側にある中庭だ。その向こう側に、厩と思しき背の低い建物が建っている。
扉の近くにいる修道僧は2人。中庭を囲むように植えられている果樹園に紛れ接近する。
とはいえ無駄な殺しはしない。あくまで脱出の好機を窺う。
全身が隠れる木陰までペイドを誘導し、修道僧たちが建物内部に入るまで待つ。
数分後、馬に跨った修道僧2人が出ていった。
無人の中庭で低く毒づく――俺たちの馬かよ!
仕方なく厩に入り、代わりの馬を物色する。
「見張り役を頼む」
「………………」
厩はアダマス卿から譲り受けた――そして今乗られていった馬にも負けず劣らずの駿馬が揃っていた。
「誰か来たら教えてくれ」
「………………」
黒いタレストリア産の駿馬2頭を選び出し、手早く鞍を着けていく。
中庭の方から足音が聞こえた――右折して真っ直ぐ厩に向かってくる。足音から察するに4人。
「………此方に誰か来たんじゃあないか?」
「………………見ればわかるだろう間抜けが。今目の前に来たところだ。修道僧が4人」
「もっと早く言えよッ!」
ブチ切れそうな心を懸命に宥めた。
ここで、この反骨精神旺盛なバケロスの抗命を謗ったところで何も始まらない。
馬に飛び乗るや、厩に着いたばかりの修道僧を蹴散らして走り出す。
だが、いち早く驚愕から回復した修道僧の一人が、抜き身の剣を投げ付けてくる。
俺の背中目掛け、刃が正確な弧を描く――



「乱数表」を指せ。
上級狩猟術と予知を身につけていれば、その数に3を加えよ。
0から2なら、134へ。
3以上なら、219へ。


――乱数表は「4」。
馬上で上半身を捻り、紙一重で剣を避ける。
頭上を掠めた刃が中庭の石垣から小石を抉ると、修道僧たちが失望の叫びを上げる。
そのまま中庭から狭い小径を抜け、修道院の敷地から脱走する。
早朝ゆえか、特に障害物も無く、ザーロの葛折りの坂道を駆け抜けた。
街の北門が見る間に近づいてくる。


通過パラグラフ:(285)→201→259→54→219  治癒術の効果:+4点   現在の体力点:31点

(つづく)