ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

女主人の手には無惨な傷痕があった

【パラグラフ266→→→78:ザーロ:(死亡・11)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。


太陽が沈みかけた頃、ザーロが見えてきた。
数世紀前に作られて今なお堅牢な城壁が丘一帯を占領し、聳える監視塔に穿たれた銃眼が、平原を威圧的に睥睨している。
船は粗削りな石柱に支えられた頑丈な木橋を潜り、河と並行して巡らされた鉄鎖に繋がれた門の前で停まった。
俺とペイドは馬を連れて下船し、修理と補強を重ねた城門へと向かった。
当初、警備兵はすげなく俺たちを追い返そうとしたが、アダマス卿の印章がある通行証を見せると、最敬礼を受けつつ広場へと通された。
リバーゲイト広場からは3つの通りに行くことが出来る。



コパーピース通りを西へ向かうか。
グローブ通りを北へ向かうか。
フラゴン通りを北西へ向かうか。


特に明確な指針がある訳でもなく、グローブ通りの踏み減らされた敷石を行く。
桶屋、靴の修繕屋、大工の店を過ぎ、やがてまた広場に出た。
影の中へ消えていく小径に道標がある――更に小店舗が並んでいるようだ。
夜が迫り、狭い通りでは軒並み店仕舞いの支度を始めていた。
カンテラの黄色い火だけが、冷たく吹く河からの西風を僅かに暖めている。
行き交う人々は一日の商売を終え、それぞれに家路を急いでいる。
そんな中で一軒だけ開いている店がある――露台から看板が下がっていた。



ローラ・ラーダ――地図屋


腰までありそうな黒髪を後ろで一つに編んだ美しい女主人が俺たちを出迎えた。
居心地悪そうな顔をするなり、ペイドは身を翻し、剣帯を鳴らして大股に店を出て行く。
この女主人と話すより、もっと自分好みの相手――街の破落戸どもを物色することにしたらしい。
「あの……」
「気にするな。あいつは病気なんだ」
偏屈な相棒をさり気なくフォローしておいて、改めて観察する。
改めて観察すると、女主人は俺のカイ・マントと同色の革の上衣と柔らかな革手袋を身に着けていた。
店内では自ら調査して作成した地図に加えて、狩猟や偵察に使えそうな道具も取り揃えている。
地図のサンプルを見せてもらうが、正確かつ詳細な、神経の行き届いた代物だった。
「いい仕事だ……ダナーグの地図を作ったことはあるか?」
女主人の黒瞳に涙が浮かぶ。
かつて女主人とその父は内陸の水路の地図を作ろうと計画していた。
更に幸運に恵まれれば、古マギの失われた寺院を発見できるかも知れないと思っていた。
だが、かの恐るべき沼地に一歩足を踏み入れた途端、忍び寄っていた怪物に父が呑み込まれてしまったのだ。
女主人は命からがら逃げ延びたが、父を怪物の顎から助け出そうと虚しい努力した結果、腐食性の唾液で酷い火傷を負っていた。
そっと革手袋を外す――隠されていた醜い傷痕が露わになる。
だがそれは勇敢な挑戦の証だ。安い同情は女主人にしても不本意だろう。
「ダナーグについて他に知っていることは無いか?」
残念ながら女主人はダナーグから逃げる時に地図と装備を全て失っていた。
しかし、途中『深紅の山頂』からオライド寺院を見た時の事をはっきりと覚えていると言う。
「オライド寺院はシアダの小径の向こう50kmに位置する島に建っています」
「礼を言う……太陽神がともにあらんことを」


礼を言って店を出ると、昏い路地が朱に染まっていた。
頭頂からブーツの先まで返り血に染まったペイドが、獰悪に歯をむきだして嗤う。
踏みしだく足元には折り重なった街の破落戸ども。
遠くからはザーロ守備兵の軍靴の音が近づいてくる。
関わり合いになりたくないのであえて声を掛けず、路地を抜けて敷石で舗装された中庭まで歩く。
風変わりな建築物の2階の露台から下がるカンテラが周囲を明るく照らしていた。
青い石造りの外壁には、銀と深紅の縞模様が走っており、嵌め込まれた煉瓦は石灰でも練り込んでいるのか、鏡のように磨き込まれている。
銅の帯が巻かれた大きな扉の上には、燃える幅広剣を象った青銅の鋳物があり、『剣の寺院』と刻まれている。
表玄関の左に、班紋のある青い石が嵌め込まれ、3つの象徴が描かれていた――馬、寝床、パン。
かつて東方へ旅した時にも見掛けた代物だが、この寺院では旅人に食事と寝床、そして厩を提供しているらしい。


寺院を通り過ぎ、坂を上って丘の頂上にある石造りの監視塔へと向かう。
気難しそうな風貌の歩哨たち――長身痩躯の男とその真逆の相棒が、古傷と関節を痛めつける天候への愚痴を零し合っていた。
俺たちが騎乗したまま近づくと、声を潜めて悪態を吐いた。
「糞ッタレめ……日が暮れてから一体何用だ?」
肺を病んだ豚のような声で相棒の方が言った。
「司令官殿にお会いしたい…今すぐにだッッ!」
ペイドがバケロスの長に相応しい峻厳な声で命令したが、生憎相手は誇り高い魔法戦士バケロスではない。
辺境で風雨に堪え忍んだ挙げ句、身も心も擦り切れた歩哨たちにとっては、大した感銘を与えなかったようだ。
俺の差し出した通行証 を引ったくり、ざっと流し読みした後も似たようなものだった。
「盾の長ネドラはシアダに行っている。明日にならなければ戻らない。それまで待つことだな」
今にも噛み付かんばかりのペイドを促し、その場を去る。
もはや取りうる選択肢は一つ。
覚悟を決めて丘を下り、剣の寺院で一夜の宿を頼むことにした。
黒魔術師ケズールの残した情報が正しければ、この修道院には『新たなる闇の大公』なる存在が潜んでいる筈なのだ――



(つづく)