ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

【パラグラフ151→→→126:船倉酒場にて:(死亡・11)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。


船倉は北へ向かう旅行者で混雑していた。
その大半がフェナの市場から帰る途中の商人たちだ。
膨らんだ財布を懐に、ジョッキを片手に賭け札や双六に興じている。
とはいえ、カウンターまでの道のりは容易かった。
長身を生かしたペイドが重戦車のごとく無言で肩を叩き付けて道を切り開くのだ。
どこぞの預言者さながら、左右に分かれた雑踏の間を歩いていく。
給仕は俺たちに気づくと、エプロンという名の雑巾で手を拭きつつ躙り寄ってきた。
「賑やかな居酒屋へようこそ!飲み物は何にしましょう!」
隅にあるジョッキと皿の重さで撓んだテーブルへと導かれるまま座る。
注文する間も惜しむかのように、給仕の首根っこを掴んだペイドがその耳元で怒鳴った。
「キンキンに冷えたビールを二つッ!今!すぐにだッ!」
反論もさせず、バケロスの戦士は重い財布の中身を船倉の床にブチ撒ける。
黄金の輝きに目が眩んだのか、店員は声に諂いを滲ませた。
「お二人の味覚を悦ばせる素ン晴らしいビールが三種類ありますッッ」
店員の挙げた三種類はこうだ。


フェリナ・ノッグ
チャイ・チアー
ボア・ビール


成る程。
この酒場はなかなか分かっているらしい。
無論、フェリナ・ノッグやチャイ・チアーでも喉を潤し、味覚を楽しませてくれるだろう――だが十全とは言えまい。
「ならば俺はフェリナ・ノッグだッ!そして連れには…」
「ボア・ビールを寄越せ」
!?
ざわ…ざわ…
ペイドの性急な発言を遮った俺の注文に、酒場の空気が一変した。


店員が震える手で樽からビールを注いでいる間、何人かの乗客が怯えた様子で囁きあいながら俺の方を見ている。
ボア・ビールには強力な幻覚作用があり、一口飲んだだけで死に至る者も少なくないという掛け値無しの殺人的冒険活劇飲料なのだ。
その効能、別に知らない訳じゃあない。
乗客の怯えた沈黙をすら愉しみつつ、犬歯を剥いて嘲笑い、指の動きでのろまな給仕に催促する。
店員はジョッキをテーブルに置くと、神経質な足取りで去っていった。
静まり返った酒場で、唯一俺がジョッキの中身を呷る音だけが響く。
「ヒッ…ヒィィッ!」
乗客の悲鳴が聞こえたような気もするが、最後の一滴まで流し込む。


だが、相変わらず高難度のSANチェックが待っていた――
ただ一度のシビアな判定をしくじれば、この狼、末代までの恥を晒す羽目となろう。
フルーティーかつ濃厚な喉越し…そして騾馬の後脚に喩えられる一撃が脳天を襲う。
乱数表は――「5」。
更にカイ・マスター・チュータリーの階級に達しているため、この判定に+3され、結果は「8」になる。
空のジョッキをテーブルに叩き付けた時、周囲には死の静寂があった。
周囲をせせら笑いつつ、平然と唇を拭う。
たかが『ボア・ビール』ごとき、カイ・マスターたる俺は砂漠の帝国で浴びるほど飲んでいるのだ。
数分後、乗客たちの猜疑の目は勇者を畏敬するそれへと変わっていた。
そして給仕の運んできた瓶をペイドのコップに注いでやる。
微妙に人肌の温もりを感じる瓶だ。あと厨房の奥で滝の流れるような音がしていた気もする。勿論関係無いとは思うが。
「まあペイドさんお一つ」
「………………」
苦虫を噛み潰したような顔でコップを持ち上げたペイドが、フェリナ・ノッグを一気に呷る――
途端、ビールを鉄砲魚のごとく噴き出した。
「何じゃあこりゃあァァーッ!不味ッ!苦ッ!人生の味かよッ!ダボがッ!下水かっつーんだよォォーッ!」
おお。
含蓄のあるようで微塵も無いコメント。
しかも当てつけがましく、俺の方に向けてビールを吐きやがった。
これでこの狼がキレぬ筈もない。
「どうした?お前は俺がわざわざ注いでやったそれを頂きますって言ったんだぜ。頂きますって言ったからには飲んで貰おうか。それともヌルいから飲むのは嫌か?」
俺がお約束気味に返そうととした時、右側の席の男が唸るように言った。
「下水だと?物を言うときは、周りのことを考えてからにするんだな、余所者さんよ」
全く以て同感だ。
男は屈み込んでよく磨き抜かれた兜を手に取った――
何気ない一連の動作でゆっくり手首を捻り、ジョッキの中身をペイドの脚に注いでいく。
「ど許せぬッ!」
激昂したペイドが立ち上がったとき、既に抜き身の剣がその手に握られていた。
正直言えば、流血を肴にボア・ビールを呷るのも悪くない。
だが、本来冷淡な俺を動かした理由はただ一つ。
男の赤い上衣の紋章は城と開いた手――ザーロ守備隊のものだ。
最初の目的地の衛兵と揉めているようでは、探索の旅の成功は覚束無い。
この新たな相棒――ペイドも相当に血気を持て余しているようだが……言っておくが俺は最初から最後までクライマックスだぜェェェェェ!!!


「……当て身!」
ペイドの剣を持つ腕を捩り上げ、肝臓に裏拳を数発叩き込む。
「当て身!」
悶絶するペイドの心臓の真上を渾身の肘鉄で抉り、一瞬で相棒の意識を落とす。
「当て身!」
駄目押しに振り上げた踵は、完璧な軌跡を描いて落下し、ペイドの脳天に吸い込まれた。
この間、実にコンマ2秒。
常人なら即死する当て身をしこたま貰い、白眼を剥いてぐったりとしたペイドを背後からカクカク動かしつつ声色を使う。
ついカッとなってやった。正直すまんかった。お詫びにビールをご馳走します」
「いいとも。君の謝罪を受け入れようじゃあないか。だが一つ条件がある――ビールはフェリナ・ノッグにしてくれ!」
俺の苦労も知らずに、親指まで立てたザーロ守備隊の男はご機嫌な笑顔で答えやがった。
……此奴にも当て身をブチ込んだ方が早かったかもしれない。



(つづく)