ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

【パラグラフ1→→→271:戦雲:(死亡・11)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。


夜陰に紛れ、ガーセン行きの貿易船に乗りエルジアンを出立する。
舳先の尖った飾り気のない船は、大陸を南北に分断する一連の内海や湖ではごくありふれた代物だ。
テンタリアスと呼ばれる広大な水路を行くこの船旅の目的は厳重に擬装されていたが、今回は一人旅ではない。
危険な任務をともにする選ばれた同行者の名はペイド……
この名を覚えているだろうか。
カザン・オードへの潜入時に、ヘルドスまで飛行船で運んでくれたバケロスの戦士が今度のパートナーだった。
この長身の戦闘魔術師はバケロスの高い階級に属し、戦場における勇敢さと技術は尊敬を集めている。
そして何より、カザン・オードで非業の死を遂げたカシンの実兄でもあった。
「まずは宜しく頼む、ペイド」
「……ああ」
初めてコンビを組む寡黙なパートナーに俺が興味を抱いたのも当然のことだ。
なにしろ向かう先は前人未到の沼沢地。
奴と俺の相性は、そのまま任務の成否、更には俺の生存率に関わってくるだろう。
バケロスの誇りを示す深紅と黄金の服を脱ぎ、俺に倣って放浪の売剣士に身をやつしたペイドの横顔を盗み見る。
ダナーグへは友邦タレストリアを経由することになる。
首都ガーセンでは、王族の一人が俺たちを待つ手筈だ。

2日目。
最初の寄港地タロン市で食糧と水を補給し、西へと航海は続く。
順風が三角帆を膨らませ、静かな青い水面を進む船体を掠めていく。
船体は水を切ると言うよりは水面を滑っているかのように見える――不自然なまでの速度はペイドの魔術によるものだろうか?


5日目。
夕食のさなか、横波に煽られ、給仕の一人が粗相をしでかした。
ひっくり返ったスープはペイドの服を汚し、顔中に青筋を浮かべた奴は黙々と服をナプキンでぬぐっていた。
翌日、給仕は船のどこにもいなかった。
目撃者もないまま、文字通り、忽然と消えたのだ。
無論、テンタリアスの中央を疾走する船は、どこにも停泊などしていない。


9日目。
昨日の朝早く、甲板でデルデン人傭兵と小さな諍いがあった。
俺の制止も聞かず、捨て台詞を吐いた傭兵を追ってペイドは消え失せ、その日一日姿を眩ましていた。
次に出会った時、傭兵は俺たちの顔を見るなり、肉屋に出遭った豚のような悲鳴をあげて失神した。


少しづつ、ペイドの気質が見えてきた気がする。
とはいえ俺もこのパートナーを丁重に取り扱うつもりなどなく――
結果として、大水峡テンタリアスに沿った『順調』な航海は最後の寄港地オレロを経て、ガーセンのバーノス港で終わった。


真夜中の一時。何処までも広がるかのように思える波止場と罅割れた石の桟橋には、商船や貿易船、一本マストの帆船が停泊していた。
影のごとく密やかに上陸し、ペイドの後に続いて曲がりくねった港の通りを抜け、ガーセンの街並みより一際高い建物への急な階段を昇る。
錆びたカンテラの黄色い光が木製の露台の下を照らし、大通りで夜明けまで商談と冒険奇譚に耽る商人達の屋台が見えた。
ペイドは鉄枠のついた扉の前で立ち止まり、青い鋼の剣の柄で鉄格子を叩いた。
厳めしいが整った容貌の黒髪の男が現れ、鋭い眼差しで俺とペイドを見るや表情を和らげた。
――アダマス卿はタレスリア王宮保安長官であり、エバイン女王とはごく近い縁戚にあたる。
数世紀にわたり、タレストリアとデッシの魔術師たちの間は友好関係が続き、探索の旅の支援要請にも、エバイン女王は躊躇無く応じた。
女王自らがアダマス卿を指名し、タレストリアを通過しダナーグとの境界までの露払いを命じたのだ。


僅かな仮眠の後、夜明けと同時に馬車で船着き場へと向かう。
小麦運搬用の空の荷船が、俺たちを上流に運ぶため待機していた。
船を牽くのは、スロビア平原に棲息するゴーカス8頭で、長い鎖で船体と繋がれ一列に並んでいる。
この毛深い牛に似た大型の獣は船主に鞭打たれ、敷石で舗装された川沿いの船牽き道を緩やかに進んだ。
翌日、川沿いの村ロナでアダマス卿が指揮する騎兵分隊から馬を受け取り、山道を越えて要塞都市フェナへと向かう。


三重塔が聳える要塞都市フェナでは、悪い知らせが待っていた。
オジアの不毛な高原地帯を統治するザナールのゼグロン将軍がドラッカー軍を招集し、北方国境の街ルーコスを襲撃したのだ。
タレストリア守備隊の防戦もむなしく、衝角や攻城兵器を用いて城壁を破壊したオジアの大軍の前に為す術もなく敗退したのが三日前。
ゼグロンはルーコスを灰燼となるまで徹底的に破壊し、虐殺から逃れ得た人々はごく僅かだった。
「深刻な事態だ……これほど断固とした攻撃はこの数十年で初めてだろう」
タレストリア騎士の緊急会議から戻ったアダマス卿が唸る。
「ゼグロンとその下僕達は北の国境を侵掠し続けてきたが、今回のように意志を結集した強力なものではなかった」
「なら、探索の旅はどうなる?」
「この先、私は同行できない。女王の下に戻ってオジアの脅威を報告し、タレストリア軍を招集しなければならないのだ」
アダマス卿が書記とその助手らの一団を呼ぶ。
「北方の民は辺境育ちのゆえ、用心深く、見知らぬ者に疑い深い。彼らに襲われるようなことがあれば、この通行証 を見せたまえ」
アダマス卿は書状を口述筆記させ、熱い封蝋に印章指輪を押し、俺に手渡した。(アクション・チャートに特別な品物として記入)
「本当に大丈夫なのか?」
「私が保障する。エバイン女王に忠誠を誓う者なら、誰もが君たちを安全に通すだろう」
礼を言い、通行証 上着の内懐へとしまう。
翌日の早朝、アダマス卿とペイドとともにフェナの中央広場へと向かう。
ここから探索の旅が始まる――まずは北上し、タレストリアの肥沃な高原地帯に位置するザーロの街を目指すのだ。
ザーロへ行く方法は二つ。



フェン河を行く荷船に紛れるか。
大北方街道を馬で北上するか。


最初の選択肢だ。ガイドの顔を立てるべく、ペイドにお伺いをたてる。
「どちらのルートが良いと思う?」
――知ったことか」
新しい相棒は唾を吐き捨てた。
……楽しい旅になりそうだ。



(つづく)