ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

【パラグラフ105→→→15:カシン:(死亡・11)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



男は大量に出血していたが、意識を失ってはいなかった。
マグナカイの治癒術を最大限発揮し、内臓にまで達した傷を塞いでいく。
既に手遅れ――長くても数分間の延命。
俺は逝こうとしている仲間に、己が任務の目的と、古マギ人の助力でカザン・オード に潜入したことを語った。
ペイド卿の飛行船でエルジアンからヘルドスにやって来たことを話すと、男は驚きに眼を瞬かせた。


「私の名はカシン」
男は苦しい息の下、話し始めた。
「ペイド卿は私の兄です」
驚愕とともに、独白する男の顔を見つめなおす。
成程――
猫のような瞳、尖った顎と、男の相貌はペイドによく似たデッシの魔法戦士階級――バケロス特有のものだ。
「私はもう駄目です、カイ戦士」
カシンの頬を無念の涙が伝う。
「ですが貴方の探索の手助けは出来ると思います。あのタペストリーの向こうに秘密の通路があります。その通路はザーダの玉座へと続いています」


玉座の上にはヘルドスのロアストーン がありますが、ザーダはロアストーンの力をナーロスのドゥームストーン と結びつけたのです。彼の力はあの呪われた宝石に因っているのです」
氷の城塞イカヤでの経験が色褪せない恐怖とともに甦ってくる。
ドゥームストーン ――ナールの下僕“地獄の王”アガラシュが全ての終焉の地ナーロスにおいて生者への呪詛を込めて創造した邪悪な黒水晶だ。
半ば知覚を備えたこの地獄の宝石は、妖しいまでの美しさで見る者を虜にし、その生命力を貪り尽くすという。
かつてソマーランドを裏切り、闇の半神ダークロードに与した黒魔術師ボナターですらその邪悪な力を持て余し、半ば放置していた。
そのドゥームストーン を意のままに操り、己の魔力に取り込んでいるというザーダの底知れ無さに戦慄する。
「探索の旅を成功させようとするなら、まず貴方はドゥームストーン を破壊しなければなりません」


「貴方を逃がすことまでは出来ません。と言うのも、私自身、地上に辿り着く前に捕らえられたからです」
カシンが血を吐き、呼吸が荒く、次いで弱々しくなってくる。
「……しかし海岸に出ることが出来たら、古い石の波止場へ行って下さい。石段の下に船が隠してあります」
俺の手を握り最後の力を込めたカシンに、末期の痙攣が襲う。
「エルジアンに戻ったら、私の死が無駄でなかったことを兄に知らせて下さい……神の御加護がありますように……ローン・ウルフ」
バケロスの男がとうとう眼を閉じた。
再び、ザーダの犠牲となった戦士の最期を看取ることになった。
ザーダへの復讐と――もうひとつ。
狼の矜持にかけて誓う。
カシンの死に様を、その勇敢さをバケロス――戦士の一族の心の中に永遠に刻みつける。


階段を駆け下りてくる複数の足音――いずれも甲冑を身に着けている。
新手の敵が石弓で武装しているとすれば、生存の可能性は更に少なくなる。
黄金の彫像に挟まれた青銅の巨大な扉――ザーダの玉座の間に通ずる扉から正面突破を図るべきか――
だが、ザーダの持つドゥームストーン を破壊しない限り、勝機は無い。
逡巡している暇は無い。獣人の群れは今にも玉座の間の入り口に到達しようとしている。
壁に掛かったタペストリ――カザン・オード の地下宮殿で見たものと酷似している――を手に取る。
それ自体本来値段の付けられないような見事な工芸品だが、後ろに隠されていたものはその数倍の価値がある――カシンの言い残した秘密の通路だ。
小さな仕掛けを見つけ出し操作すると、壁が滑るように開き、鋼鉄製の円筒形のトンネルが現れた。
トンネルへ滑り込むと同時に扉が閉まり、その一瞬後、ザーダの警備兵が通廊に雪崩れ込んでくる。
背後からの奇妙に人間を模した笑い声……
誇り高く散ったカシンの亡骸を前にして嘲り嗤う獣人共への怒りを胸に灯したまま、俺は先を急いだ。
15メートルほど進むと、左手の壁に楕円形の扉があった。

(つづく)