ゲームブック・リプレイ:ローンウルフシリーズ

カザン・オード―死の城塞だ―

【パラグラフ1→→→パラグラフ135:ヘルドス:(死亡・10)】
プレイの形式上、ゲーム内容のネタバレ満載です。あしからずご了承ください。



エルジアンを出発するまで、装備と食糧を入念に点検する。
だが、その間も議場で見たカザン・オード の薄暗い巨大な墓石のような姿が心を掻き乱していた。
夜明け間近に、部屋の扉を叩く音で現実に戻る。
リモアだ。
身支度を調え、装備を担いで部屋を出る。
リモアに先導され、真実の寺院の幾つかの広間と回廊を通り抜けていく。
深紅の塔に囲まれた屋上では、若い男が待っていた。
長身に褐色の肌、束ねた亜麻色の髪、猫科動物めいた鋭い瞳……只者ならぬ雰囲気を漂わせている。
金と紫の上着は、バケロス――デッシの魔法戦士の証だ。
「ペイド!」
「ようこそ、リモア様」
――ペイドは敬意を滲ませて答えた。
「出帆の準備が整っています」


屋上の乗降台でホバリングしている飛行船。
その金色の蜂鳥を思わせる船体が、曙光を浴びて輝いていた。
俺はこの飛行船でデッシを横断し、カザン・オード へと向かうことになる。
リモアに別れを告げ、ペイドのあとに続いて乗降台の梯子を登った。
飛行船は蝙蝠めいた光沢のある翼を羽ばたかせ、エルジアン海峡の上空を抜け、速度を上げて中央デッシの樹海の上空を北上した。
エメラルドグリーンの大地に刻まれた裂傷を思わせる灰色のゴーゴロン山脈が見えてくる頃、俺はペイドからこの地の人々と歴史について学んでいた。
古マギ人は数千年前、中央マグナマンドを統治していた強大な魔術師たちの末裔であるという。
魔術師たちはその知恵と魔力をもってマグナマンドを善の方向へと導いたが、ある時国中に『大疫病』が蔓延し、大半の者が命を落とした。
生き残った古マギ人はデッシに逃れ、峻険な山岳地帯と樹海の中で生き延びてきたのだ。
ペイドの出身階級であるバケロスは元々デッシ土着の戦士階級だが、古マギ人との同盟の後現在に至るまで、鋼に対する鋼として、バサゴニア帝国の侵略から北の国境を守っている。
砂漠の帝国での苛酷な冒険譚を話すと、ペイドの表情が曇った。
「弟のカシンが一緒にいてくれればいいのだが」
ペイドは何かを思うように地平線を眺めながら言った。
「カシンは砂漠での武勲について語ってくれたものだ……」
「カシンは今どうしている?」
永遠とも思える沈黙のあと、ペイドは吐き出すように答えた。
「…………カザン・オード だ」


デッシの国土は今や地図のように眼下に広がっている。
北西にはカルコス山脈の裾野が見え、細い飾り帯のように光っているのがドイ河だ。
東を見ると、灰色の嵐雲が樹海の上を絶え間なく流れていく。
正午前になると、目的地が見えてきた。
ヘルドスの低い丸屋根の家々が地平線上に現れ、続いてコー湖の湖水とカザン・オード の周囲を覆う拗くれた黒い指のような岸壁も見えてきた。
これ程遠くからでさえも、呪われた城塞の奇怪な佇まいに背筋が寒くなった。


ペイドが着陸の用意を命じ、1時間以内に飛行船はヘルドスの広場の御影石にその影を落としていた。
ヘルドスの長老アルダン卿とバケロスの一団が俺を出迎えた。
漁民や鉱夫たちの小さな家が立ち並ぶ古くからの路地裏を抜け、波止場に聳え立つ高い塔へと案内された。
塔の中へ入ると、南方の目の眩むような陽光の下でも、玻璃の円蓋が緑色の光を放っているのがはっきりと見えた。


太陽がズラン山脈の頂に沈むと、塔から発散される緑色の光が、朧がかった熱無き光の傘となりコー湖を覆った。
「この塔は湖を取り囲む他の5つの塔とともに、カザン・オード の邪悪を封じる魔法のバリアを作り出しているのです」
アルダン卿が説明する。
「バリアが効力を発揮する限り、いかなる生物もコー島に出入り出来ないのです。バリアの効力を下げることは出来ませんが、傷つかずにバリアを通り抜ける手段は考えてあります」
アルダン卿は絹の長衣の懐から小さな林檎めいた宝石を取り出し、俺の手に置いた。
宝石は半透明の赤色をしており、その中心で渦巻く火花が金銀の焔を散らつかせている。
力の鍵 です。しっかりと持っていて下さい。しかし、鍵を無くしてしまえば、コー島から二度と出られなくなってしまいます」
肯きつつ力の鍵 をカイ・マントの隠しにしまい込む(アクション・チャートに特別な品物として追記)。
「真夜中になったら、バケロスがバリアの端まで貴方をご案内します。そこからは小型の網代船に乗り換え、バリアを通過するのです。御武運をお祈りします」


真夜中。
俺はバケロスたちとともに船の甲板に立っていた。
夜風を帆に受けてコー湖の暗い水面を横切る間、聞こえてくるのはロープと船体が軋む音のみ。
程なくしてバケロスたちに別れを告げ、小型の網代船に乗り換える。


湖を分かつ緑色の光の障壁が、遙かな高みと圧倒的な幅をもって迫りくる。
彼岸と此岸を隔てる死のバリア。
その向こう側は、暗闇と絶望の待ち受ける、未だ生還者の無い難攻不落の砦なのだ。
遂に……
微かな燐光と共に、船は魔力の障壁を潜り抜けていた。


死を賭した探索行が、ここから始まる。
コー島の黒い岸壁まで約200メートル。
上陸可能な場所は二箇所――西岸の波止場と、東岸の退避港。
取り敢えず西岸の波止場を目指し、オールを漕いでいく。


(つづく)